「実は丹下姓は愛媛がルーツではないらしいです。大阪が発祥だそうですね」。先日取材で会った、とある丹下さんが教えてくれた。
気になって地図を調べてみると、地名としては残っていないが、大阪府羽曳野市に「丹下公民館」があった。漢語をまとめた平安時代の辞書「和名類聚抄」によると、かつて河内国丹比郡(現在の堺市や羽曳野市などの一部)に「丹下」という地名があったそうだ。姓氏研究家の森岡浩さんは「主要なルーツは大阪だと思います。丹下に住んだ一族が名乗ったのでは」と推し量る。
では、なぜ愛媛に丹下が多いのか。県内の郷土史家が集まる伊予史談会が所有し、県内の一部氏族の成り立ちが載った「伊予不動記大系図」に「丹下氏」の項目があった。
同会の柚山俊夫副会長は「家系図は権威付けのために偽造されることも多い」と断りを入れつつ、史料の読解を手伝ってくれた。
年号などから見るに、歴史上初めて愛媛(当時は伊予国)に「丹下さん」が渡ったのは室町時代。応仁の乱の頃とみられる。当時、守護を務めていた河野氏などに仕え、今治、西条両市を中心に定着したという。中には神職になった者もいた、と記されている。柚山副会長は「応仁の乱に参戦した河野氏と丹下氏が接近し、愛媛に渡ってきた可能性はある」と話した。
江戸時代には、一部が今治藩の家臣として登用され、剣術師範を務めた記録も残る。森岡さんは「武家は拠点を転じることが多い。転じた先で家が栄えるのはよくあること」と指摘する。(以下ソース)
6/22(木) 14:10配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/fbf2812bf04c9188c38757f5780f5c2d2d1b5151
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Source: 理系にゅーす
